廃線調査隊 山野線

山野線廃線調査 2

前目駅〜菱刈駅〜薩摩大口間

菱刈駅跡
 菱刈駅は記念公園として残されていた。
 記念碑・踏切警報機・車掌車・駅名板が残されていた。右の写真はの線路は当時の線路敷きの位置と異なっている。実際の線路は道路に転用されている。写真の左から右に抜けている道路が廃線跡です。

再び朽ち果てた駅名板
 菱刈駅記念公園に残されていた「湯之尾駅」「西菱刈」の駅名板。なぜ菱刈駅に保存されたのだろうか?菱刈駅の駅名板はないのです。何故だろう?それに湯之尾の駅名板は、あちらにも記念公園があるのに菱刈駅に保存されているのだろう。でもせっかくの展示もこれではね・・・。どうやら駅名板の支柱が腐って崩壊したらしい。何とかして欲しいものです。

西菱刈駅跡
 ここは西菱刈駅があったところです。線路敷きも道路化され、ここに駅があったのかどうかほとんど分かりません。しかし、そんな中にも遺構が残されていました。写真中央の(見にくいかも)屋根付自転車置場が現役当時の駅の施設だそうです。それに祖の脇にあった防災掲示板の地図に山野線が記してあり西菱刈駅も記してありました。ここが駅であった証拠を見つけることができました。

またまたはえたたき!
 ポツンと1本、鉄道の電柱が残されていました。なぜ、この一本だけ残されているのでしょうか?理解に苦しみます。
 (西菱刈駅〜薩摩大口駅間)

枕木!
 大口市内に入る手前の鉄橋は完全に撤去されていた。大口市内のはずれでも廃線跡は道路に転用される工事が進んでいた。すでに道路として供用されている区間の脇に山野線の物と思われる枕木が積まれていた。この枕木はどうするのだろう?

合流!
 ここは、かつて山野線と宮之城線の分岐点です。分岐点といっても、ここから両線は平行して薩摩大靴駅まで向かっていました。左の道路が山野線、右が宮之城線の廃線跡です。宮之城線の方は草むらに埋もれていました。

なんで道路の立体交差?
 まもなく薩摩大口駅跡です。その手前で奇妙な立体交差を発見!どちらの道も交通量が多いわけではないのですが・・・。これは山野・宮之城線の遺構なんです。下の道はもともと山野・宮之城線の跡で線路を避けるために造られた跨線橋なのです。今となっては無用の跨線橋です。しかし、撤去する方が費用がかかるので、そのまま残されているのかもしれません。

薩摩大口駅跡
 山野線の中で一番大きな駅であった薩摩大口駅。駅跡に記念公園が残されていました。腕木式信号機と車掌車が残されており、ここに鉄道があったことを残しています。1月下旬にも関わらず、菜の花が咲いていました。やはり鹿児島は南国なんですね。

今でも街の中心
 薩摩大口駅はそのほとんどが再利用され、駅舎とホームがあったところは、大口ふれあいセンターなる市のコミュニティーセンターがドド〜ンと建っていました。今でも街の中心の施設として活躍しているようです。山野線廃線後、この建物内にJR九州の旅行相談所が開設されました。切符の手配などを行っていましたが、今はありません。

鉄道記念館
 薩摩大口駅跡に建設された大口ふれあいセンターの4Fには山野・宮之城線の鉄道記念館があります。現役当時の物が展示されています。入場無料です。

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