おがえもん廃線研究所

調査時期 平成13年10月 

北海道・道東
国鉄(JR北海道)士幌線
Sihoro Line
廃止年月日 昭和63年3月22日
帯広〜十勝三股間 78.3km

士幌線とは

 士幌線とは根室本線帯広駅を起点に十勝平野を北上し糠平を経て十勝三俣までを結ぶ路線でした。計画として、十勝三俣から更に北上し留辺蘂まで延長される予定でした。
 開通は大正14年(1925)で帯広から士幌までが開通、翌年上士幌までが開通し、昭和14年(1939)に上士幌〜十勝三股まで開通しました。開通当初は音更線と呼ばれていました。士幌線は北十勝開発の発展におおいに活躍しました。
 士幌線は主に沿線の農産物輸送と十勝三俣からの木材輸送をが主な目的で、士幌線開通後は十勝三股の山奥一帯は全国屈指の木材生産地となりました。
 昭和31年(1956)に糠平ダムが完成し周辺の路線が大幅に付け換えられ、旧線は湖底に沈むこととなりました。
 開通当時は糠平〜十勝三股までは平行道路が全くなく鉄道のみが住民の足となっていました。鉄道に平行する国道が完成すると、十勝三股にあった製材工場などが上士幌に移転し、木材輸送もトラックに置き換えられ利用客や貨物も激減しました。十勝三股付近の住民は10数人、1日の利用客が6名まで落ち込んだため、当時の釧路鉄道管理局は、昭和53年(1978)12月25日より列車代行バスに切替て運行していた。この際、列車運転再開の事も考えレールや施設はそのまま残されました。結局は再開する事はありませんでした。
 その後、士幌線全線が国鉄再建法の下、昭和63年(1988)3月22日に廃止されました。

廃止後の状況

 廃止から15年が経過し、帯広駅付近は高架化され一切面影が無くなっていますが、根室本線との分岐あたりから十勝川までの区間は空き地となってその多くは残されています。その先の多くは畑に戻され、路盤確認するには困難を要しました。駅跡も交通公園として整備されているところ以外は判別不能に近い状態です。上士幌から北の区間は山岳区間のため、路盤などはそのまま残されています。アーチ橋やトンネルなどはそのまま残されていますが立入出来ないように封鎖してあります。
 糠平湖付近に残されているアーチ橋群は国鉄清算事業団によって解体される予定でしたが、地元の有志が保存活動を行い、保存されることが決定しました。

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